認知症を患うと、記憶や思い出などが抜け落ち、物忘れが進んでいきます。
「結婚をしている」「家族が亡くなった」など大切なエピソードまで忘れてしまうこともあります。
ただし、ある時急にすべてを忘れてしまうのではなく、忘れる順番があり、物忘れは段階的に進行していきます。
当記事では、認知症における記憶を忘れる順番について「記憶障害」と「見当識障害」の2つの観点から解説します。
認知症における物忘れのメカニズムを知りたい方は、ぜひご参考下さい。
記憶障害で忘れる順番
「記憶障害(物忘れ)」は、認知症の中核症状の一つです。
記憶の新規追加、保持、検索(思い出し)などが正しく行えなくなり、結果的に物忘れが進んでいくことになります。
一般的に記憶障害は、以下の順番で進んでいくと考えられています。
- 即時記憶
- 近時記憶
- 遠隔記憶
- エピソード記憶
- 意味記憶
- 手続き記憶
認知症の記憶障害では、新しい記憶から先に忘れていく傾向が見られます。
最初は「即時記憶」の物忘れから始まり、次第に「近時記憶」や「遠隔記憶」まで及んでいくイメージです。
以降では、各記憶の種類について、詳細を解説します。
1.即時記憶
「即時記憶」は、数分程度のわずかな時間だけ保持される記憶のことです。
即時記憶を忘れると、次のような症状が生じます。
- 今さっき自分が語ったことを忘れる
- 鍵やカバンなど物を置いた場所を忘れる
- 直前で何をしようとしていたか忘れる
即時記憶を忘れると、同じような会話を繰り返してしまい「それさっきも話したよね」と注意されることが増えます。
相手から何度説明を受けても覚えられず、会話のキャッチボールが上手く行えなくなります。
2.近時記憶
「近時記憶」は、1日から数日程度残る記憶のことです。
近時記憶を忘れると、次のような症状が生じます。
- 昨日銀行でお金を下したことを忘れており、また同じ額を下す
- 病院に行ったことを忘れる
- 直近で会った人を思い出せない
「銀行にいった」「病院に行った」「買い物をした」など、本来であれば記憶に残るような行動もごっそりと忘れてしまうのが特徴的です。
なお、銀行で下した金額を細かく覚えておらず忘れてしまうことは一般的な物忘れとしてあります。
一方で認知症の物忘れでは「銀行にいったこと自体をすべて忘れている」ことが特徴的です。
3.遠隔記憶
「遠隔記憶」は、明確な基準はないものの、数か月以上前、数年以上前の遠い記憶を指すことが多いです。
遠隔記憶を忘れると、次のような症状が生じます。
- 以前住んでいた場所、乗っていた車などを忘れる
- 通った学校や学歴を忘れる
- 数年前に働いていた仕事や職場を忘れる
何年も前の古い記憶というのは、認知症の方に限らず、曖昧になりやすいものです。
しかし、住んでいた場所、通っていた学校などを忘れてしまうのは正常とはいえず、認知症の疑いが強くなります。
4.エピソード記憶
「エピソード記憶」は、過去の体験に関連付けられた記憶を指します。
エピソード記憶を忘れると、次のような症状が生じます。
- 自分が結婚したこと、離婚したことを忘れる
- 家族が亡くなったこと、葬式をしたことを忘れる
- 長年飼っていたペットの存在を忘れる
エピソード記憶は、体験に基づくため、本来は色濃く残りやすいものです。
特に就職、結婚、出産など、人生における大切なエピソードまで忘れてしまっている場合、認知症がすでに進行している可能性があります。
5.意味記憶
「意味記憶」は、本などで学び知識として身に着けてきた記憶です。
意味記憶を忘れると、次のような症状が生じます。
- 「テレビを付けて」と頼んでも、テレビが何を意味しているかわからず困惑する
- 「ON」や「OFF」が何を意味しているか分からない
- 「12月31日は大晦日」など日程のもつ意味を忘れる
意味記憶を忘れてしまうと、電化製品や道具の使い方がわからなくなり、現代人として当たり前の行動が取れなくなることがあります。
言葉が上手く出てこなくなり、会話や文章を書くことができなくなることもあります。
6.手続き記憶
「手続き記憶」は、いわば身体が覚えている記憶です。
手続き記憶を忘れると、次のような症状が生じます。
- 自転車の乗り方を忘れて転ぶ
- 料理が上手く作れなくなる
- 車の運転方法を忘れる
手続き記憶を忘れてしまうと、それまでは意識せずとも自然にできていた行動ができなくなります。
通常、自転車の乗り方などは、一度覚えてしまえばブランクがあっても身体が覚えていますが、認知症の物忘れではすっぽりと抜け落ちてしまうことがあります。
自転車はまだしも、車の運転方法を忘れてしまうと、生命に関わるトラブルに発展しかねませんので、免許返納なども検討する必要がでてきます。
見当識障害で忘れる順番
認知症による物忘れには、ここまで解説した「記憶障害」とは別に「見当識障害」による物忘れもあります。
見当識障害とは、認知症の中核症状の一つです。
見当識というのは、「時間」「場所」「人間関係」など自分の置かれた状況を把握するための機能であり、見当識障害が生じると正しく周囲の状況の記憶や認識ができなくなります。
タイプ | 忘れる順序 | 忘れる内容 | 具体例 |
---|---|---|---|
時間 | 1 | 今の時間、季節など | ・日夜逆転の生活となる ・冬でも夏の服装でいる ・何時に何をするという行動が取れなくなる |
場所 | 2 | 今いる場所、配置、間取りなど | ・病院や郵便局などの場所を忘れる ・近所なのに道に迷う ・お風呂、洗面所など自宅の間取りを忘れる |
人間関係 | 3 | 相手の顔、名前、関係性など | ・知人、近所の人、芸能人などを忘れる ・先輩後輩などの関係を忘れる・夫や妻、自分の生んだ子供を忘れる |
見当識障害で忘れる順番は、一般的に、時間、場所、人間関係の順です。
最初は時間の感覚が曖昧になり、次に場所の記憶が抜け落ちていき、最終的には人間関係に関しての記憶に問題が生じます。
一番辛いのは、相手のことを忘れ認識できなくなることです。
「長年連れ添った夫(妻)のことを忘れ他人と捉えてしまう」「自分の生んだ子供を忘れヘルパーさんと勘違いしてしまう」などです。
認知症によって記憶は本当に消滅するのか
たとえば、理化学研究所は2016年に行なったマウスを使った実験にて、アルツハイマー型認知症で記憶が消えていない可能性を示唆しています。
2019年には東大などが忘れた記憶を回復させる薬の実験に成功し、今後認知症治療にも活用していくというニュースもありました。
現在も世界各国で認知症の研究は進んでおり、医療テクノロジー自体も年々進化していますので、将来は明るいニュースが飛び込んでくるかもしません。
ただしまだ研究段階であるため、楽観視は禁物です。
将来に期待しつつ、現実と向き合っていくことも大切です。
物忘れが多い場合は認知症を疑うことも大切
以上、認知症による物忘れの順番について解説しました。
認知症の物忘れは段階的に進んでいきますので、いきなり大切なエピソードを忘れてしまったり、家族のことを忘れてしまうことはケースとして少ないです。
まずは身近な物忘れから進行していきます。
そのため、初期のうちは認知症に気付きにくく、ただの物忘れだと思ってしまうこともありますが、本当に認知症を患っているのであれば、早めに治療を進めることが大切です。
もしも、最近物忘れが酷くなったなどの症状が見られる場合は、安易に老化による物忘れと判断せず、一度医療機関で診察を受けることが望ましいです。